log1ごたまぜ/黒背景:グロ・流血表現有
『終わりが聞こえた』

 西暦20XX年8月31日。俺たちの夏はこの日をもって永久に閉じてしまうらしい。

***Side:A
 ぼんやりとした頭で考える。ことの始まりは何だっけか。
 本当にはっきりとした始まり。それはきっと誰もが知らないものなのだろう。各地で起こった異常気象。あり得ないスピードで猛威をふるった伝染病。世界を襲ったその出来事どもは、夏休みなんだからちょっと和やかで落ち着いた雰囲気が流れていればそれでいいじゃないか、という俺の普段からの小さな願いをあっけなく崩してしまった。高望みはしていないはずなのに願いが叶わない俺は何か神様に嫌がらせでもしたのだろうか。
 あーもう最悪だよ。口に出してそう言ってみた

***Side:B
 ちくしょう、泣きたい。世界が終わるってどんな感じだろう。暗くて、怖くて、恐ろしくて? よく分からない。
 (だけど少なくとも、終わると消えるは同義ではない、と思う。だって消えるって、終わるという事象も含めて無くなるのだから。)
 私たちが終わったという事実は残るのだろうか。分からない、わからない、ワカラナイ。沈黙。空気が重い。隣のあいつがなかなか喋らないので、こじつけの理由で最後の口喧嘩をしに行った。さよなら、楽しい時間。

***Side:C
 腕時計を見つめながらぼんやりと思考を巡らせる。終わりって苦しいのだろうか。疲れるのだろうか。痛いのだろうか。それとも、何も感じないまま?終わる瞬間にしか理解できないだろうことを脳に浮かべた。不思議と恐怖は湧いてこなかった。
 自分の世界から戻って、ふっと時計に目をやって。あ、終わりが近付いてくる。そんな感触が伝わった。

***Side:?
 目の前から色が無くなっていった。それが真っ白なのか真っ黒なのかもう自分では分からない。何も感じない。何も聞こえない。見えない。ただ、ああ、終わるんだ。そう悟った。
 おやすみなさい、さようなら。またあした、とはいえないけれど。



BGM:DoAsInfinity『科学の夜』
091221(加筆修正:120316)

『忌子よ、幸多かれと祈れども』

 眼前の人間を何処か冷めた目で見下ろした。その視線に向こうが気付いたかなんてどうでもよかった。だけれど、時折それが恐れと絶望と少しの羨望に染まった目で己をちらりと盗み見ているのは知っていた。いつものことだ。殺気を送ってやろうかと考えたが一瞬で自分の中の選択肢を却下する。これもまたいつものことだったのでもう気になどしていないつもりだ。
 人間というのは本当に便利な生き物で何回も同じ事柄が繰り返されると慣れてしまう、らしい。つまりは感覚の麻痺。それが良いのか悪いのか自分には見当もつかなかったが。
 それでも感じる、ちくりとするあの胸の痛みはなかったことにした。

 自分の力が暴走したことによって屋敷が半壊したのはつい一刻程前のこと。そしてそれによって決して少ないとは言えない数の人間が消え去ったのもつい一刻程前のことだった。堕ちる瓦礫を避けようともせずただその様子を呆然と眺めていた自分。腕にはしった突然の痛みに顔をしかめ、ゆっくりとその方へ目をやると、自らの肌に一筋の赤が流れるのが見えたのを覚えている。どうやら何かの破片で切ったらしい、とめどなく溢れ出るその血を何をするわけでなくずっと見ていた己に事務的な受け答えよろしく、手当を致します故部屋にお戻りくださいと命令したのは何人いるのかもよく分からない付き人の一人。半ば強制的に部屋に戻されたが己が人を消したという、その話題に触れる者はついぞ誰もいなかった。
 前々からこの屋敷にはそれについて言及するものはいない。ただ畏れをにじませる視線を黙って向けるだけ。冷たい、凍りつくような目。
 (――!!)
 その目を見ていると時折何か叫びたい衝動に駆られる。だが、いつもながら全く頭に言葉が浮かばないのだ。どうしようもない、と諦めるしかないのだろうか。いつか、その言葉を己の口が紡ぎだすことはあるのだろうか。
 微かな希望にかけて、今は開きかけた口を固く閉じて、ついでに心も今度こそ閉じる。
 それでも目から頬にかけて伝った透明な何かには気付かないふりをした。

 (いいかげんにしろ、とこどもはいえない)



自分のやったことを誰かに責めて貰いたい。それでその化け物でも見るような目は止めて欲しい。そんなようなことを言いたいんだけど、あまりにも心を閉ざしてきた時間が長かったせいで自分が何に対して憤りを感じているのかが分からない。そんな人の物語。
091228(加筆修正:120316)

『さよならときみにてをふって』
 戦場跡で一人佇む
 聞こえるは魂鎮めの唄
 彼の人のため我は祈ろう
 君の望み 願わくば叶わんことを

『にがいものをめをとじてのみくだす』
 浮かんできた黒い感情から目を逸らして
 今日も無理に笑顔を張り付けた
 これくらいで騙されるとは
 なんてにんげんはおろかなのだろうか!

『これがぼくかとかがみにおもう』
 おなじいきもののふりをしながら
 どこかでやっぱり違うのだとかんじていました
 ちかごろ じぶんをみるめがつめたくなってきたからです
 (黒い羊は群れになんて混ざれないと分かっていたのに!)

『きえゆくかみにたすけをもとめ』
 青い鳥、可哀想な鳥
 羽をもがれて堕ちていった
 青い鳥、不憫な鳥
 庭に落ちて壊れて死んだ
 蒼い鳥、哀れな鳥
 誰に見つけられることもなく
 ひっそりとなくなった

『おちてゆくのだとゆめがつげた』
 黒い場所へ沈んでゆく私の躯はどこまで堕ちるのでしょう
 どこまで行けば私は許されるのでしょうか
 どこまで朽ちれば私は許されるのでしょうか
 幾ら問いかけても向こうから答えが返ってくることはないのです



きえさってゆくもので五題(御題配布元:Toy)
100122

『There's no justice.』

 あれは日曜日のことだった、と男は記憶している。
 いつものように、誰もいない遊園地の広場の真ん中で風船を持ちながらただ突っ立っていた。すると数ヵ月ぶりだったろうか、一人の子供が男に近付いてきたのだ。
「きづいたらここにいたの」
 子供は何の感情も浮かんでいない無機な目を男の方に向けてそう言った。
「きづいたらここにひとりだったの」
「……迷子に、なったのかい」
「……わからない。ねえ、ここがどこだかしっている?」
「……あぁ、知っているさ。……ついておいで。案内所に行こう」
 男が歩きだすと子供は一拍遅れて付いてきた。時折後ろで辺りを見回し足を止める気配がした。子供はこの遊園地の中に男と子供以外誰ひとりとして人がいないことに不安を覚えているようだった。しかし男は何も言わない。余計な事をすれば最後、子供に情が移ってしまうのが目に見えていたからだ。俯いて心の中で子供に対しての謝罪の言葉を紡ぎながら案内所までの道を歩いた。子供は相変わらず男との間の微妙な距離を保ったまま付いてきているようだった。

 男は道化師だった。道化師とは世界から幸福を紡ぐ力を持っているもののことだ。男は道化師だったが故に幸福を繋ぎ止めなければならなかった。男はそれが嫌だった。幸福を紡ぐには迷ってこちらまで来てしまった子供たちを案内所まで連れて行かなくてはいけないのだ。案内所に行くことは男にとって気の重くなる作業だ。そしてとても辛くなる作業でもあった。だがそんな作業でもやらなくては力が使えなくなるというのが男を更に不快にさせた。こちらでは力のないものは存在価値がないということと同義。すぐにでも存在が消滅してしまう。力が使えなくなることは男にとってあってはならないことだった。消えるのは嫌だ、だが何かを犠牲にするのも違う気がする。  男の中でそんな葛藤が渦巻いていた。まだこちらまで来ていない大勢の子供達に、お前達が幸福でいられるのはこれまで感情を押し殺してきた自分とこちらまで迷い込んできた一握りの子供たちの犠牲があってのことなんだ、と声を大にして叫びたかった。そんなことは絶対にできないことであると理解しているからこそ男は苛立っていた。

 そう考えている内に案内所についた。部屋に入るとやはり誰もいなかったことに落胆したのか子供は残念そうな表情を浮かべた。 「少しここで待っていておくれ。お茶を入れてこよう」
「……あれ、なに」
「……あれ?」
「……あれ」
 子供の指差した先にはおおよそ遊園地に似つかわしくないものがあった。洗濯機。外見上は何の変哲もない、ただの古ぼけた洗濯機だった。
「洗濯機、と呼ばれている」
「あそぶためのもの?」
「いや。遊ぶのには使わない」
「なんでそんなものがここにあるの? ゆうえんちは、あそぶためのばしょでしょう」
 子供の言ったことは至極真っ当なことだった。しかし男は答えられなかった。答えたくもなかった。子供の質問を無視して男はお茶を取りに行くため奥へと引っ込んだ。子供がいる部屋からは何の音も聞こえない。しばらくして男が部屋に戻ってくると子供はただこちらをじっと見ていた。
「……あれ、なに」
「……何、とは」
「あの……せんたくきのなかの、あかくて、きもちわるくて、」
 いやなにおいがする。子供は無表情でそう言った。好奇心からあの中のものを見た子供は何人もいたが、こんな反応は初めてだった。男は久しぶりに戸惑っていた。同時にこの子供ともう少しだけ話をしたいと思ってしまった。だがそれはもう叶わないことだった。中のものを見られてしまったのなら男は子供を殺さなければならなかった。
「あかいのは、なに」
 子供がそう聞いた。が、男はもう答える気はなかった。全てを終わらせなければならない時間になっていた。
「……それはこれからゆっくり話そう。だから先ずはお茶を飲みなさい」
 男がそう言うと子供は疑いもせずにそれを手に取り口に含み――そのまま、倒れた。気を失った子供を抱えながら男は心臓の位置に手を伸ばす。洗濯機の中に入っていたのは、心臓。男はこうして時折こちらに迷い込む子供のその器官を食べなくてはいけなかった。そうしないと世界に幸福を繋ぎ止めるこの力を失ってしまう。男は自分の情けなさや無力さに、悔しいような虚しいような良く分からない感情に襲われて顔を伏せた。触れた子供の胸は泣きたいほどにあたたかかった。
 ごめんよ、そしておやすみ。よい夢を。
 (世の中不公平だね)
 男はそう呟いた。ある日曜日のことだった。



友人からの御題:「遊園地」「洗濯機」「心臓」
遊園地の誰も知らない場所で洗濯機に入れられたまま回転する赤。超シュールだ、と思って書いて、そのままプレゼントフォーユーした一品。話がよく繋がってない、というか大分洗濯機の使い方と方向性が間違っている気がする。……気にしたら、負けです。
100211(加筆修正:120316)

『今度、会いたいです。』

 拝啓、お元気ですか。
 そこまで書いてどうにも気に入らなくて、まだ白い部分が残っている便箋を破り捨てる。詰めていた息をゆっくり吐き出して机の周りを見まわした。先ほど自分が作り出したのと同じような紙屑がいくつも転がっているのが見える。何時間も同じ姿勢でいたせいか痛みを訴えている首と肩を解してもう一度ペンを手に取った。
 いつまでたっても埋まらない白が恨めしかった。

 そもそも自分が何故こんなに悩んでいるのかというと。
 一言で表現してしまえば手紙が書けないから、であった。いくつか鬱陶しい形容詞やら目的語やらが足りないと思うが一概に言うならそうだ。自分の友人に言わせてみればそれは随分と可愛らしい理由のようなのだが、いかんせん本人にとってみれば結構重大な問題なのだ。手紙一つに、と思われるかもしれないが前提条件として自分は普段手紙など律儀に書く部類の人間ではない。更に上乗せするなら頭をつかって物を考えるのが苦手、というのも紙一枚に苦戦する理由になるだろう。
 いや、今回の場合そんなことは問題ではないのだ。今まさに自分が一番悩まされている、その理由。
 手紙を書く、相手。
 ――自分の、母親だった。

 彼女の存在を知ったのは丁度1年ほど前のことだ。
 自分が捨て子だということは元々分かっていた。周りの人間は自分をそんな風に見なかったから別段嫌でもなかった。本当の親がいなくても大丈夫だと思っていた、思っていたはずだった。
 ただやはり何処かで寂しいと思っていたのだろう、ある日突然夜遅くに訪問してきた女性が自分の本当の母親なのだと明かされた時思わず流してしまった涙は周囲の雰囲気にのまれただけの嘘ではないと確信したのを覚えている。よくあるドキュメンタリー番組のように感動的な再会ではなかったけれど、それでも十分心に揺さぶりをかけるには十分で。  それが表面に出てしまったのだろうか。事あるごとに知人から里親から、やはり母親に、という言葉を言われてきた。意地を張って拒否し続けてきたものの、長すぎる攻防戦に結局こちらが折れて、妥協案として今こうして手紙を書くことになってしまったのだが。
 現実逃避終了。手元にある紙に意識を戻す。現在0ページ0行0文字目。つまりは真っ白。もうこれ以上便箋を無駄にはしたくないから、という理由を心の中で勝手につけて今度こそ頭を切り替えた。
 自分があの人に伝えたいこと、思えばこれこそたった一言で済むのだ。長々と書こうとするから余計駄目になる。
 だからもう、余計な言葉は取り払って、便箋の真ん中に行数も何も関係なしに太い字で8文字、句読点含めて10文字。書きこんで丁寧に折って封筒に入れて。封をしてから明日の朝にでもポストに投函しようと机の上に置いて部屋の電気を消した。
 これが届いたときのあの人の顔を想像したらどうしようもなく気分が高揚してくるような気がした。



春はこういう雰囲気の文を書きたくなる。
100403

『追悼』

 世界のモノたちが鎖のように自分を締め付ける。重い重い重い重い重い重い。まるで鉛の海に放り込まれたようだ、と感じた。だけど、どうしても、この海からは逃れられない。
 痛いよ。タスケテ。
 誰に届く訳でないのに声にならない悲鳴が喉から絞り出されていった。比例するように体力も殺ぎ落とされてゆく。苦しい。世界って、こんなにも辛いものだったっけ。ぼんやりとした頭で考える。今ならあの男が自らの事を異端だと称した理由も分かる気がした。そして、あれが異端だというならば今の自分もまた異端と呼ぶべきものだろう、と悟った。認めたくはないけれど。
 結局の所、自分はこの世界の異質なのであり、あれと同じイキモノなのだ。
 唐突に浮かんできた思考にああそうか、と納得できる自分に驚いた。同時に、あいつとだったら分かりあえたかもな、なんて別段輪廻も運命も神様も信じている訳でもないのに居なくなった相手にそんな事を思って。
 そこで、ふつり、と意識が深く暗い所まで沈んでいった。
 酷く、満ち足りていた。

 この世界は重くて苦くて辛くて痛くてキモチワルくて、それでいてあまりにも小さい。自分という器に鎖をかけて、押し込んで閉じ込めて、ほんの少しの負荷をかけるだけで世界は成立してしまうのだ。なんという滑稽。

 (また逢えたら、この世界という名の歪な集合体について語り合おうではないか。)

 疲労しきった身体とセカイの軋む音がした。



他方のブログに乗せてたやつ、を敢えてupしてみました。ビバ俺ワールド(
100412

『第五形状物質』

 手の中にあったあたたかくてきれいでやさしいものをそんなに必要だと思えなくて、捨てた。
 瞬間、取り返しのつかないことをしたと後悔して、でももうどうにもこうにも出来ないと分かって、絶望。

 一度放したものは二度と返ってくることはないのだよ、と誰かに言われた気がした。



 (それ、はきっと、たいせつだったもの)
100507

『群青エゴイスト』

 愛してるよ、と告げた
 すると君は少し頬を染めて好きだよ、と返してくるから
 愛してはくれないんだね、と僕は秘かに絶望する

 僕の好きな君の笑顔を憎らしく思ってしまうことはこれから何回あるのだろうか
 多分そのたび僕は君に落胆し僕は僕を嫌悪する

 (愛してると言ってほしい、なんて)
 (こんなこと、気付かなければよかったのに)



「好き」と「愛してる」は根本的なところで違う気がする。
100714

『有期限逃避行』

 逃げて、みようか。  何処へ行きつくか分からないけれど。
「よろしければ、ご一緒に?」
 そう言って、どこか困ったような笑顔で貴方が差し出してくれた右手は、間違えようもないくらい私のためのものだと理解して歓喜、する。酷すぎるこの茶番劇に自分の居場所を見つけた気がして、少し痛くて、でも救われた気がした。
 待っていてくれたその綺麗な手を取って微笑んでみる。
「さあ、行きましょう」
 自分に言い聞かせるように声を出して、地を踏みしめてしっかりと立ち上がった。
 覚悟は決まった。
 後悔は、ない。

 (たとえ終わりが見えていたとしても、貴方となら)



部誌から再録。
100720

『モノローグ・ミッドナイト』

 真紅のドレスを着た「   」は思った通りに艶やかで、綺麗だよ、と呟いた。「   」の肌が雪のように真っ白なせいなのか、よく夜の闇に映えている。赤と黒と白のコントラスト。僕は大いに満足してもう一度綺麗だ、と言ったけれど「   」はどうしたって笑ってはくれない。まあこれはいつものことだから、と僕は気にせず「   」を見る。どこかないだろうか、綻び、は。首元が淋しかったので脇に置いてあった匣に手を伸ばした。そうだ、首飾りをつけてみようか。目に付いたのはルビーがメインに装飾されているもの。今日はあの三色で飾りたかったからちょうどいい、と思って「   」の頸にゆっくりと手を回す。少しシンプルではないかと心配していたが、そんなことはなかったようなので安心する。僕の取り越し苦労だったみたいだね、似合ってるよ、と「   」に声をかける。沈黙が返ってきた。これもいつものことなので気にはしていない。今度は指に手を伸ばす。さっきの首飾りと揃いの指環を左手薬指にはめる。「   」の手は相変わらず美しかったけれど何だか今日はそれだけじゃ物足りない気がして、ちょっと待っててね、と言い残して机の上に置いてあるマニキュアを取りに行った。色は黒。強い光沢があって少しラメ入りだから、きっと「   」も気に入るだろう。そんなことを考えながら先ほどまでいた場所に戻ってくる。座ってから手を恭しく持ち上げて、爪の一枚一枚に持ってきた其を丁寧に塗っていく。「   」がもっと綺麗になっていくのが目に見えて分かるようで気分がだんだん高揚していった。後少しだからね。僕は笑ってそう告げた。「   」も笑った、様な気がした。よく分からない。でも今はもうどちらでも良かった。あと3枚。2枚。最後の、1枚。ようやく全てに塗り終わって僕は肩の力を抜いた。少し離れて「   」を見て、ああ、やっぱり美しい、と感じる。今度こそ「   」に喜んで貰えるだろうか、そう思って顔を、見て。瞬間。途端に今まで自分の中にあった達成感やら絶頂感やらが抜け落ちていった。冷める冷める冷める。絶望を感じる。「   」は笑ってなんかいなかった。それどころか泣いても楽しんでも怒っても悲しんでもいなかった。ただの無表情。僕は困り果てて、もう何日も酸素を食べていない「   」の手を取って、どうしたらいいんだい、と聞く。答えはなかった。渇ききっていなかったマニキュアの黒が僕の手に付いていた。それだけの夜だった。



『His love for her blinded him to her faults.(愛するあまり彼には彼女の欠点が見えなかった)』
100803



MAIN/HOME