log2ごたまぜ/黒背景:グロ・流血表現有
『彼女が言うことには』

「あの人は言ったわ」
 目元を夕暮れの優しい色に染まらせ、女は呟いた。
「『貴女は一人でもやっていけるよ』って、困ったような笑顔でね。馬鹿よね。昔のこと考えて考えて考えて考え過ぎて、分からなくなった挙句に迷っていたのは貴方の方だったんじゃないの。そんなに悲しいこと、嫌なら言わなきゃいいのに、ね。本当に困った人。……結局、あの人は最後まで私のことを本当に理解してはくれなかったわ。ううん、違う、理解しようとしてはくれなかった。一方的な理由で決めつけてこじつけて、私をここに一人残したことが何よりの証拠よ。だってあの人が居なければ、もう私はちっぽけで、何にも出来ないひとりの人間。生きるという意味を見つけることでさえ難しい、ただの、ひとに、成り下がるのに」
 そこまで言い切って重々しく溜息をついた女は、でもね、でも、と少し言い淀んで、数瞬迷いを見せた後ゆっくりと顔を上げた。
 何かが吹っ切れたような、そんな清々しい表情をしていた。
「あの人は逃げたんじゃなくて迷ってたの。だから、きっと、此処に戻ってくるのよ。明日か明々後日か、一週間後が一年後か。それがいつなのかは分からないけれど絶対に、私の元に帰ってくるわ。……そしてあの人はつよくなって戻ってくるの。戻ってきたら今度は、もう絶対、分からなくなったり迷ったりなんかしない。私を置いていかない。根拠? 論理? 経験? そんなもの、ある訳ないじゃない、ただの勘よ。だけど何故か、どうしようもないくらい確信している確実な未来。……だからね、今はその猶予期間。今はどんなに迷ってもいいしはるか遠く、果ては私が見えない場所に行ってしまっても、死なないのならどんな危険を冒したりしてもいい。それがあの人をつよくするためなら今は耐え忍んでゆくのよ。少し……、哀しくて淋しいけれど。あの人が帰ってくるまで、ずっとずっと私は待っている。どんなに辛くても苦しくても、あの人の休める場所が此処なら、此処にあるのなら、私は、待つ。もう、そう決めたの」
 女の目には、話し始めた時にはなかった強い光が宿っていた。
 ただただ輝く、深い決意がそこにはあった。
「……ああ、そういえば言ってなかったわね、あの人があんなにも迷っている理由」
 口元に悪戯っぽい笑みを浮かべて女はこう言った。
「あの人がとてもとても優しいからよ。それ以外の理由なんてないわ。ね、本当に馬鹿な人でしょう?」



雰囲気小説。「彼女」からみた「彼」について。(部誌より再録)
BGM:シド「レイン」
101114

『いつまでも、Ms. Rightになれますようにと』

 終わりましたよ、という声に、私は緊張で強張らせていた肩の力を緩めた。もう一度よく見てみようと目の前に映っている”自分”に顔を近づける。見えたのは白い西洋人形のような肌に淡く色づいている頬、綺麗な赤に染まった色艶のある唇。くっきり開いている目に整えられた髪型。そして、身に纏っている煌びやかな純白のウェディングドレス。鏡の中の私は見違えるほどにキレイになっていた。
 私と貴方が出会ったのはちょうど紅葉が色づいてきた頃だった。友人に連れられて来た貴方は少し照れていて、私もつられて緊張して、らしくないじゃない、と一緒になってからかわれたのを今でも覚えている。今となってはいい思い出だ。初めて会った筈の貴方とは不思議なほど気が合って、それから何回も会う約束をした。迷惑じゃないかな、とか待ち遠しいな、とか、いろいろ考えてた自分が懐かしい。“ここ”に来るまで、貴方とは沢山の時間を共にした。笑ったり泣いたり怒ったり悲しんだり楽しんだり。たまに意見が食い違ったら喧嘩して、その度に仲直り。不器用だけどとても優しい貴方の顔が、いろんな表情に変わっていくのを見られることが嬉しかったし、喧嘩している間は哀しいけれど、ごめんねを言い合う時間は、実は私はこっそり好きだった。勿論、今でも好き。そして、嬉しいとか楽しいとかそう思う度に貴方にどんどん惹かれていった。“好き”が降り積もって”大好き”になって、私は自分が恋していると漸く気付いたのだ。告白されたときとプロポーズされたとき。予想してなかったことに驚いて柄にもなく緊張して少し泣いてしまったけれど、これ以上ないくらいに幸せだった。そして、今日も、今も、最上級の幸せを感じている。
 今日は私と貴方の大切な日。私と貴方の関係が少し、変わる日。私と貴方が、結婚、する日。

 コンコン、とドアをノックする音がして、それで私は意識をこちらに引き戻した。ドアが開いてタキシードを着た貴方が現れる。綺麗だね、と目を細めて貴方が言うから、私の中の”好き”がまた一つ増えた。また明日から私の大好きな”日常”が始まる。だから今日の、些細でとても小さな変化を大事にしよう。これからも貴方とずっと、喜びや悲しみを分かち合っていたいから。
 私は貴方を、永遠に愛することを、誓います。



Ms.Right=恋愛・結婚のパートナーとしてぴったりな女性のこと。(部誌より再録)
BGM:木村カエラ「Butterfly」
101114

『それは月が綺麗なある夜のこと、』

 聞こえてきた音に思わず足を止める。それがほんの気まぐれなのか、それともそこに何か理由があったのかは自分でも分からなかったが、気付けば自分は路地裏に向かって歩き出していた。
 そこで見つける。
 猫。それも黒い。
 俗に不幸だと言われるそれは、雨に濡れて同情を誘うくらいみすぼらしい姿で震えていた。思わず眉を寄せる。
 ―――飼えるだろうか、こいつ。家で。
 考えて、自分の思考にはっとなった。数秒の迷いの後、縮こまっている黒いかたまりをひょいと抱き上げる。甘くなったな、僕も。自分が影響されているだろう人物の顔を思い浮かべて苦笑する。
 猫がにゃあ、とも、なあ、ともつかない声で小さく鳴いた。落とさないよう、そいつをコートの中に入れ、しっかり抱きかかえて歩き出す。家にいる恋人にこいつを見せた時の反応を考えると、どうしようもなく顔が緩む気がした。



サイト一周年ということで短文もそもそ書いてみました。皆さんのおかげで此処までサイト運営出来ました(感涙)。感謝!
来年の2月末まで期間限定フリーにしたいと思います。サイトやブログなどに掲載される場合、ご報告いただけると管理人が飛び上って喜びます(…)(配布は終了しました)
拙い文ですが、皆様が少しでも楽しい想像を膨らませていただけたのなら幸いです。これからもどうぞよろしくお願いします。
101220

『彼は永久幸福論者になったので』

 人を好きになれない自分が嫌いだった。それで今度はそれを誤魔化すために幾つも幾つも嘘をついた。嘘をつき続けている自分がもっと嫌いになった。悪循環。
 だから、その頃からかもしれない。誰か助けて、と自分が無意識のSOSを発するようになったのは。だからかもしれない。多分それに気付いたんだろう君が僕のことを気にかけてくれるようになったのは。

 僕は人に好かれない。まあ、明らかに僕の他人に好意を示さない態度が原因なのだけれど、今までの経験からして人に好かれるというのは両親を除いてないことだった。だから君が近付いてきたとき、ほとんど諦めていた。だって僕は人に好意を示そうとしても出来ない生物なのだ。今までそっけなさ過ぎる僕に愛想を尽かして何処かへ行ってしまった人たちと同じように、直に呆れられてハイ終了、なのだと、思っていた。
 違った。
 元の性格なのか見た目に反して意外と根気強い君は、何度も何度もめげずに僕に話しかけてくる。君がそんなに頑張る理由がよく分からなくて、じょうがなくこちらから話しかけてみた。何で僕に話しかけてくるんですか。そしたら一言、哀しそうな眼をしてるから、と返ってきた。かなしそうなめを、してるから。それを聞いて何だそれ、と僕は思った訳だけれど、少し分からないでもなかったので一応そうですか、と返す。すると君がとてもとても嬉しそうな顔をしたから、また不思議に思って口を開く。何が嬉しいんですか。そしたら今度は、だってそっちから話しかけてきてくれたの初めてだから、と返ってくる。言いながら君が浮かべた笑顔ははっとするほど綺麗で、思わず君の顔を見つめた。
 思えばあの時からだ。君と会うたび話すようになっていったのは。思えばあの時からだ。君のことを好きになっていったのは。

 君と話すのは大概他愛もない日常の話。例えば朝。おはよう、と言われておはようございます、と返す挨拶から始まり、今日の天気とか授業とか近所の猫がどうとか、とりとめのない話を予鈴が鳴るまでぐだぐだと続ける。
 例えば放課後。向こうも帰宅部で帰る時間帯が同じなのか、よく門のところで鉢合わせするのでそのまま通学路が同じところまで話をしながら歩いていく。話の内容はやっぱりまとまりがないけれど、それでも楽しいと思えるようにはなっていた。別れ道の曲がり角のところまで行ったらさようなら。君が直後に言ってくれる”また明日!”で僕の気分がどうしようもなく向上する。また明日。また明日。そんなたった一言が嬉しいなんて自分が自分じゃないみたいだ。僕が変化しているのだ、人を好きになれる人間へと。まあ、それもありか、と思った。少し不安ではある、けれど嫌ではなかったから。
 もう少ししたら出来るだろうか、君への、告白。君を好きだと思う気持ちを、君に、きちんと伝えられるだろうか。

***

 君がこの世界から居なくなったのは、僕と君の気持ちが通じ合ってからほぼ1カ月後のことだった。交通事故。歩道に向かって突っ込んできた居眠り運転のトラックから子供を庇ってひかれた、らしい。打ちどころが悪くて運ばれた先の病院で君は息を引き取った。特に目立った傷もなかったので、本当にただ眠っているだけのようにしか見えなかった。けど、もう君は目を覚ましてはくれない。僕に向かって笑いかけてはくれない。喋りかけてはくれない。僕はそのことに絶望する。かなしくて哀しくて悲しくて、泣きたいぐらいかなしかったけれど涙は出てこなかった。かなしすぎて、かなし過ぎたが故に、泣けなかった。

***

 あの事故から既に3ヶ月が経った。君はもうここには居ない。けれどそれで、僕は前の僕に逆戻り、なんてことにはならなかった。まあ、正確にいえば戻りかけた、の、だが。
 君を忘れない決意をしたから大丈夫になった。君との思い出を自分の中で大切にしてゆく決心が出来たから。君が僕を好きでいてくれたこと、僕が君を好きだったこと、全部全部、忘れない。そして、こんな風に僕が変わっていけたのも、僕がつよい人になれたのも、全て君のおかげ。感謝しようとしても感謝しきれないぐらいだ。だから、感謝する代わりに、君のおかげだということをずっと忘れないために、ずっと今の君が好きでいてくれた僕のままで生きていこうと心に決めた。君のことが、今でも好きだから。だから。もう僕は他人を好きになれない、なんてことにはならない。もう僕は自分で自分を嫌いになる、なんてことにはならない。だから、これからもきっと、大丈夫。
 空に向けて、ぽつり、呟くと、青空の向こう側で君が笑ってくれた気がした。



この曲がどうしようもないぐらい好き。(部誌より加筆後再録)
BGM:RADWIMPS「有心論」
110111

『コップから溢れた水の行方』

 愛してる。君に早く伝えなくちゃいけないんだって、そう思っているのに。たった5文字の言葉が言えないのは何故なんだろうか。ずっと考えてみたけれど、分からなくって焦って焦って焦って。それで、どうしようもなくなって、君を見た。
 君が、笑う。
 無邪気に笑う君を見て、唐突に抱きしめたい、と思った。君を想う気持ちがとめどなく溢れてきて抑えきれなくて。好きだよ。思っていたのとは少し違ったけど、君を想う言葉が素直に口から飛び出て来た。目の前には驚きと恥ずかしさとで顔を真っ赤にさせた、君。反応が面白かったのでもう一度、囁いてみる。I love you!今度こそ顔を完全に隠して俯いた君に、思わず笑いが零れた。



駄目だこの曲とっても痒い!(甘いの苦手な人)(部誌より再録)
BGM:東方神起「HUG」
110111

『恋愛クオンティティー』

 思っていること全て素直に伝えたいのにどうしてなかなか言えないんだろう。言葉じゃなくてもいいから素直に貴方に伝わってくれるといいのに。そんなことを考えながら窓ガラスを何気なく見てみた。自分の塞ぎこんだ顔が映って気が滅入った、そんな深夜2時半のこと。
 何で貴方はこんなにも私に優しいんだろうか。落ち込んだ時に励ましてくれたり、後ろ向きになり過ぎた時に叱ってくれたり。優しくされても私がその分ちゃんと返せるかどうかも分からないのに。そうやっていつも不安に思っていると、それを吹き飛ばすかのように貴方は笑いかけてくれる。ああ、また好きになってしまったじゃない。
 考え込んでいたらどうしようもなく逢いたくなってきてしまった。深夜だし迷惑なのは解ってるけれどどうしても気持ちが収まらない。しょうがないから電話じゃなくてメールを一通送ってみた。気付いてと気付かないでの間で心が揺れる。
 葛藤に襲われてから約1分後。携帯のライトが点滅して、私の携帯に了解の返事が届いた。予想していなかったことに胸が躍る。
 たまには「ありがとう」ぐらい、言ってみようか。すっきりした気持ちでで玄関のドアを開ける。頬にあたる夜の風が心地良かった。



クオンティティー:「量、数量、総量」。
明らかに間違った使い方ですが目をつぶって下さい。ビバ!雰囲気!←(部誌より再録)
BGM:福山雅治「milk tea」
110221

『Dearest』

「またいつかここに来よう。ね、約束!」
 約一年前、色とりどりの花が咲いていた丘で私はそう言った。こんな綺麗な場所、見たこともなかったから。本当はその時その場にいたあの人と一緒に来るため、なのだけど。いいですよ、とあの人の了承の返事をもらった時嬉くて嬉しくて幸せだった。
 だけど、その願いはすぐには叶わなかった。約束した約2カ月後、私が病気で倒れて入院してしまったから。病気の方は幸い早く手術すれば治るものだったけど、倒れた時の後遺症のために私は何カ月もリハビリに費やした。約束のことなんて頭の隅に追いやってしまうくらい必死に。
 そうしてやっと全部終わって私が約束のことを思い出した時、約束してから既に10カ月以上も経っていたから、あの人はもう約束のことなんて忘れているはずだと半分以上諦めていたのだ。それなのに。
 よく頑張りましたね、じゃあそろそろ行きませんか?
 前に約束してたでしょう、花がたくさん咲いてたあの丘に行くって。
 覚えててくれた。あんなにちっぽけな約束なのに。何も言わないで私を優しく見守っててくれた。ずっとずっと待っててくれた。
 嬉しい。
 だから、最上級のありがとうと最大級の愛してるの意味を込めて今度の日曜日。
 あの花達を、あの風景を、あの人に。



「有心論」と同列で好きすぎる曲。読んで下さった皆様方に愛を!(部誌より再録+加筆修正)
締め切りに追われてたために一番不完全燃焼気味なブツ。いつか違うテイストで書きたい!
BGM:Superfly「愛をこめて花束を」
110329

『シガテラに侵されて』

 これはおかしいぞ、と俺は思った。何故だか、あいつのことをもっと知りたい、知り尽くしたい、という欲求が日に日に強くなってきている気がするのだ。最初のうちは、まさか、と思ってあいつから少し距離を置いてみたりしたのだが、気付いたら目で追っていた。もうどうしようもない。これではまるで、ただの可哀相な中毒者ではないか。それは嫌すぎる。とりあえず、この症状を治すために頭を働かせて原因を探ってみた。が、一向に原因らしい原因は思い浮かばない。俺の方に問題があるのではなかったのか。では、何故。そこまで考えてふと俺は思い立った。もしかすると、原因があるのは俺の方ではなくあいつの方なのではないか。そうだ、あいつがあんなに綺麗に笑うのが悪い。あいつが俺に向かって優しい言葉を投げ掛けて来るのが悪い。俺は何も悪くない。悪いのはあいつの方なのだから。やっとこさ思い付いた"原因らしい原因"に俺は安堵し薄い笑みを浮かべ、頭がだんだん重くなってきているのを感じて目を閉じた。俺はその時酷く満足していたのだ。だからこそ気付けなかった、この考えは根本的に何の解決にもなっていないということに。そしてこの先、俺がこの考えを逃げ道にして、更にあいつにどっぷりと溺れてしまうということに。残念ながら俺の傍には忠告する者が居なかった。もう、止まらない。



シガテラ:「熱帯の海洋に生息するプランクトンが産生する毒素に汚染された魚介類を摂取することで発生する食中毒。(Wikipediaより)」
深夜テンションで作成したため暗い暗い^^;モノローグ・ミッドナイトと構成が同じな件については見逃してください(…)(部誌より再録)
110515

『Expectation』

 気付いたら一面の花畑に立っていた、なんて。
 どこかの物語の冒頭にでも出てきそうな、そんな”場面”から僕の思考は始まった。
 辺りはどこもかしこも白、白、白。まぶしい。でも、どこか現実味がなかった。そこで理解する。ああ、これは夢だ。一端夢をそれと分かってしまうとこれほど退屈なものはない。非現実的なことが出来る訳でもなし。あるのは名も知らない数え切れないほどの花々。なんだ、結局ここは現実世界と同じじゃないか。………つまらない。何故夢の中でまでこんな気分にならなければいけないんだ。不愉快な思いを抱えたまま、夢の中ではあるが、それならいっそ寝てしまおうと横になりかけた、その時。
 視界の端で白が揺れた。
 どうやらこの世界には僕以外にも人、が居るようだった。はっきりと認識するためにそちらの方に向かって歩き出す。不思議だ、花を踏んで歩いているはずなのに音がしない。僕が歩くたび、足を置くその部分だけ一時的に花が消失している。どうしようもなく気分が高揚する。つまらないと思っていた夢に少しだけ期待した。
 先ほど視認した人まであと5メートル。やはりというか、予想はしていたが、それは僕より幾分か背の低い少女だった。
 ―――と、突然少女が振り向く。思わず驚きで立ち止まる。
「…………だれ?」
 無防備に不躾な僕の視線を受けて、不安そうに顔を俯かせた少女は言った。

 彼女の名前は弥生、というらしい。僕と同じように、気付いたら此処に立っていた、とか言うもんだから夢にしては上手く出来ているじゃないかと心の内で感心する。なら、試してみようか。どこまでいけば世界の”設定”から綻びが出るか。いきなりで悪いけど、君のことを聞かせてくれない?することないから暇なんだよね。そう持ちかけた僕に、彼女は少し首を傾げながら笑って了解してくれた。
 彼女がその場で思いついたであろう話題を話し、僕がそれに相槌を打つ。そんな風にして時間は過ぎていった。おかしい。目的も主体性もなにもない話をただただ続けていくにはそろそろ話題がなくなる頃だ。それでも彼女は話し続けている。時々つかえながら、それでも一生懸命、嬉しそうに。―――綻びが、出ない。不意に彼女が口を開いた。
「私ね、今、すごく嬉しい。」
 なんで?
「だって、こんなにたくさん人と話すこと、めったにないんだもの。」
 めったに?…驚いた。君は話好きな人間かと思っていたのに。
「ううん。普段も話したいこといっぱいあるのに、緊張して上手くしゃべれないの。でも不思議。貴方に対しては緊張しないみたい。夢の中の人なのに、後少ししたら消えちゃう人なのに、おかしい。」
 彼女が苦笑を浮かべながら言った言葉に僕は目を見開いた。僕が、夢の中の人だって?どういうことだろう?僕はこれを夢だと認識している。だからそこにいた彼女も当然夢の中の出来事だと処理していた。その彼女が今、僕のことを夢の一部として認識していると言った。では、彼女は?疑問を明確にするため今度は僕の方から口を開いた。
 ねえ、君はここに来た時に、なんて思った?
「…不思議な、夢だな、って。白い花以外何もないんだもの。…それを残念に思ってたら貴方がいた。ちょっと、嬉しかった。」
 そっか。…実はね、僕も同じこと考えてたんだ。
「…え?」
 つまらない夢だな、って思った。
 僕がそう言うと彼女は何度か瞬きをした後、こういった。
「…私は貴方の夢の中にいるの?…違う。私たちがお互いの夢の中に、いる?」
 そういうことになるの、かな?
「…そっか。じゃあ、またどこかで会えるかもしれないね。」
 そうかな?
「そう。なんだか、すぐ会える気がする。」
 …なんか、そんな気がしてきた。…弥生、だったよね?
「覚えててくれたんだ。嬉しい。…ねえ、貴方の名前は?」
 まだ言ってなかったね。僕の、名前は―――。

 唐突に、目が覚めた。だんだん頭が冴えてくる。………名前、最後まで言えなかったな。自然と深いため息が出る。残念だ、と素直に思えた。ベッドにゆっくりとした動作で座る。しばらくそのままでいると携帯が鳴った。着信元は大学の同期。通話ボタンを押す、と途端に思わず耳から携帯を離してしまうほどの大音量が響いた。
「あんた、なにやってんの!待ち合わせの時刻、とっくに過ぎてるじゃない!?今日紹介したい子がいるって言ったでしょ!弥生ちゃん、せっかく来たのに可哀想じゃん!」
 …別の機会にしてくれないか?今日は悪いけどそっちだけで楽しんでくれよ。そう言おうとして慌てて言葉を飲み込んだ。今、なんて?………弥生?しばらく言葉に詰まっていた僕は通話相手に急かされ、ようやくたった一言、今行く!とだけ喉から絞り出し通話を終了させた。顔が綻ぶ。
 久しぶりに良いことが起こりそうな、そんな予感がした。

(…そういえば、この花ってなんていうんだい?)
(フリージアっていうの。花言葉はね………。)



自分でも何を書きたかったのかよく分からなくなった(笑)(部誌から再録/元第一回web拍手御礼小説)
110711

『雨降花』

 その日は雨だった。酷く重たい鉛色の空だった。
 店をのぞくと帳場は空だった。雨の雫が滴る軒下に姉がたたずむのが見えた。
「姉様」
 呼ぶと姉は少しこちらに振り返り薄く微笑んでからまた空を仰いだ。返事はなかった。
「姉様、そこに居たら濡れて風邪をひいてしまいます。早く中へ入って下さい」
 後ろから見える横顔が泣きそうに見えて思わずそんなことを言った。姉は今度は振り返らなかった。どこか遠くのある一点をずっと見つめていた。
「苦しい」
 姉が聞こえるか分からないくらいの音量でぽつりと呟いた。
「あの人は私を見てくれない」
 あの人、というのは姉の夫のことであるに違いなかった。姉がそんな例え方をする人を自分は他に知らなかった。
「何故です? あんなに仲が良いではありませんか」
「そんなこと、ないわ」
「義兄様が姉様を想っていないはずがありません。だって姉様は優しいし器用だし、そして何より綺麗ですから」
 実際姉は美しかった。元々ひどく整った顔立ちだったが、二十歳を過ぎて年を重ねるごとにその美しさは増すばかりだった。今空を見上げている姉の顔も、雨に濡れてどこか人工的な美しさを保っていた。
「いいえ、いいえ。違うのよ。あの人は私を通して違うものを見ている」
 不意に姉がこちらを向いた。
「あの人はね、私の他に好きな人がいるのよ」
 何と答えるべきなのか、また、何と答えれば正解なのか分からなかった。自分には、ただただ沈黙を守り抜くことしかできなかった。姉は目を細めた。どこか諦めたような疲れた笑顔を浮かべていた。
「私が――ならよかったのに」
 姉の声は雨音にかき消されて聞こえなかった。もしかしたら姉はわざと自分に聞こえないようにしたのかもしれなかった。今となってはもう確かめようもないことだった。

(わたしが、あなたなら)



妹→姉→義兄→妹のサイクル。崇拝的な家族愛だったり救えないほど増長した恋愛感情だったり。
「姉様」は「ねえさま」より「あねさま」の方がよろしいかと。(部誌より再録)
111217



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