絶望の色は何色?
「何それ」
「最近見た雑誌の特集に載っていたんですがね、希望やら絶望やらのイメージを色に当てはめて、その結果で性格や願望なんかが分かる、まあいわゆる簡単な心理テストみたいなものですよ」
「ふうん」
 目の前に座っている彼が興味なさげに返事をして、自分のカップに口をつけた。確か中身は無糖のコーヒーだったはずだ。それはいただけない、よくそんな苦いものが飲めるな、と思いながら会話を続けるために口を開く。
「希望や喜びというのは、何と返されるかある程度予測がつくじゃないですか。でも絶望は何色、なんていきなり聞かれたら、一瞬戸惑ってちょっと考え込むでしょう。それで相手が返してきた答えと理由を聞いたら、相手の人間性が分かるような気がするんですよね。いや、久々に秀逸な特集でした」
「それだけで人間性が分かられてたまるか。ていうかお前それ、結果覚えてるの」
「結果? ああ、雑誌に載っていたものですか。ぶっちゃけどうでもいいです。他人が決めた枠組みが正解だとは思えないので」
「さっき秀逸とか言ったのはどの口だよ」
「選択肢に絶望なんてものを入れたところが秀逸だと言ったんです。それ以外は褒めてない」
「ああそう……」
 彼が呆れたような視線を寄越してきた。どうやら彼はやっとまともに話を聞く気になったようで、僕は一つ、薄い笑みをこぼす。
「でもなんで絶望なんだ? それも結構ありきたりだろ」
「理由まで聞くことに意味があるんですよ。特に君あたりに聞いたら面白い答えが返ってくるんじゃないかと、僕は期待しているんですが」
「期待されてもなあ。絶望、絶望か……うーん、赤かな」
「つまらない」
「お前が聞いたんだろうが」
「もっと普通じゃない色を期待していたんですがね、赤ですか。黒や灰色なんかよりはマシな答えですけれどね、どうせ血の色から連想したんでしょう。怪我するのも、怪我してるところ見るのも嫌いですもんね、君。ああつまらない」
  なんでそんな質問ごときでこんなにお前にけなされなきゃいけないんだよ、俺、そう言って彼はまたカップに口をつける。いつの間にか中身が半分程に減っていた。まだ熱を持っているそれからは、ゆらゆらと湯気がたっている。
「赤は生命力、エネルギーを象徴する色でしたね、確か。他には情熱、華やかさ、興奮、怒り、とか。ああそういえば女性を象徴する色でもあったような気がします。ということは君は女性が苦手なんですかね、まあどうでもいいですけど」
「別に普通だよ。それにそういうイメージから赤って答えたんじゃないし」
「ではやはり血の色ですか」
「それも違う……いや、どうだろう、ううん」
「なんですか、はっきりしないですね」
「俺が赤って答えた理由は別にあるって思ってたんだけどさ、よくよく考えてみると血の色にも関係あるかなって」
「なんですかそれ」
 僕が、この話題が始まって最初に彼が言った言葉を口に出すと、彼が今までの眠そうな顔を見事なまでに変化させて、にっこり笑った。彼のカップの中身はもうほとんど残っておらず、湯気もたっていなかった。ただの黒い、液体。
「それではここで問題です。俺の目の色は何色でしょうか?」
 思わず、あ、とも、え、ともつかない音を発して彼の顔を凝視した。相変わらずにこにこと笑っている彼の顔には、大きすぎず小さすぎもしない、丁度いいサイズの目玉が二つのっかって いる。カラーコンタクトでもしているのだろうか、彼の虹彩はこちらからはどう頑張っても黒にしか見えなかったが、僕は知っている。その片方の黒の奥に、彼の本来の赤い色が潜んでいることを。僕は知っている。彼がその目のせいで幼い頃、周囲から蔑まれ、謂れもなき中傷を受けていたことを。僕は知っている。知っているのだ、僕は。

「さて、俺は用事あるからこの辺で。俺の分はここ置いておくから、お前の分は自分で払えよ」
 僕が返答に用いる言葉に悩んで難しい顔をしていると、彼は脇に置いてあった自分のコートを着込んで、最後に、またな、と言い残すと、さっさと立ち上がって店を出ていってしまった。声をかける隙もない。やっとのことで脳内で組み立てた一言を彼に言うことも出来なかった。溜め息をついて自分の空になってしまったカップに目をやる。まだ帰る気になれなくて、近くにいた店員にコーヒーをもう一杯頼んで、椅子の背もたれに深く沈んだ。

 なんということだろう、彼には絶望が埋め込まれている。それも彼が人生を全うするまで、彼が事故に遭うか相当な決意をしてあれを掘り出さない限り、きっと半永久的にあの場所に在りつづけるのだろう。絶望と共に生きる彼。毎朝鏡を覗き込む度、絶望を通して絶望を認識する彼。考えておかしくなって、うっそりと笑った。
 頼んだコーヒーが席まで運ばれてきた。備え付けのミルクをたっぷり注ぎ入れる。湯気を立てる黒が乳白色に染まっていく。続けて角砂糖を一つ、二つ、三つ。底に沈んだそれらをスプーンでかき混ぜた。彼はおそらくそんなのはコーヒーじゃない、と言うだろうけど、でも、これでいい。スプーンを置いて甘い液体を口に含んだ。
 彼が、また、ということは次があるのだろう。乱雑な扱いをされるけれど、彼は案外僕のことを気に入っているらしいので。ならば次の機会にでも言ってしまおうか、と考える。これを告げたら、果たして彼は、あの眼球から黒をはがしてくれるだろうか。愉快だと思うことにしか一生懸命にならないはずの自分が、今彼のために頭を働かせている事実を思って、それをそんなに悪いことじゃないとも思っている自分がいることを自覚して、またおかしくなる。ああ今日は笑いが止まらない。
 結局僕も、案外彼と彼の絶望を気に入ってしまっているのである。



絶望の色を知っているか



二〇一二年は目フェチの私だけが楽しい、怒涛の一人『目』祭り開催期間でした。この時は、そういえばヘテロクロミアの話をやってなかった気がするな、と思って書き始めたような気がします。アルビノやオッドアイの方の目が赤いのは、虹彩の色素が薄くて血液の色が透けて見えるからなんだとか。なにそれ素敵。
130501


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